医療・介護業界の経営者が事業に込める想いと、採用活動で体験した困難や成功エピソードを紹介する企画「WELLVISIONS」。第02回は、日本屈指の高齢化速度を記録する東京都多摩市で、訪問看護ステーションは~とふる多摩センターを運営する、株式会社シバタ 代表取締役 柴田氏に話を伺った。最初はビジネスとして訪問看護事業に出会った柴田氏が、訪問看護ステーションを開設するに至った経緯や現在のやりがい、ステーション開設にあたって行った採用活動について、順を追って紹介する。株式会社シバタ 代表取締役柴田 堅太 氏教育業界でキャリアをスタートさせ、大手進学塾の講師や教材作成などに従事。訪問看護ステーションに出会い、平成28年11月に株式会社シバタを設立、平成29年6月に訪問看護ステーション は~とふる多摩センターを開設。『地域に根差したあんしんケア』を理念に、多摩市の在宅医療に貢献する看護師を後方から支援している。教育業界から医療・介護業界への転身まずは、柴田氏に訪問看護ステーションを立ち上げるまでの経緯を伺った。「私は、元々この業界にいたわけではなく、教育業界に身を置いていました。大学生の時は大学教員を目指し、大学院でイギリス文学(ヴィクトリア小説など)を専攻し、博士前期課程まで修了したのですが挫折もあり、大学院卒業後、進学塾・予備校などの講師として、時には私立学校への出向要員として、子どもたちに英語を教えていました。また、教壇を降りてからも教材作成に携わったり、私学事務として入試広報に携わったりしていたこともありました。」(柴田氏)医療・介護業界とは無縁ともいうべき教育業界で働いていた柴田氏が、どうして訪問看護ステーションの立ち上げに至ったのか。「今後を考えたときに、ずっとこの(教育)業界で仕事していくのは、時代的に厳しいのではないかなって考えていました。次はどうしようかと考えたときに、訪問看護をビジネスとして知りました。そこで本業の傍ら訪問看護について勉強し、ある程度自分の中でステーション運営についてイメージが湧いたので、平成29年にステーション開設に至りました。」(柴田氏)訪問看護について何も知らない状態から、自身の学びの中で興味につながり、訪問看護経営に関して学びを深め、ステーション開設に至ったと話す柴田氏。今でこそSNSなどの発信を見ると、訪問看護に熱い想いを持っているイメージがあるが、当初はあくまでもビジネスとして、訪問看護に出会ったと話す。看護師資格を持たない訪問看護ステーション経営者の役割柴田氏が普段どのようなことを業務として行っているか伺った。「端的にいってしまえば、訪問看護ステーションの運営において、現場の看護師さんではなかなか手が回らないこと全部ですね。いわゆる法人業務や、会社の資金繰り、人材確保、新規獲得のための営業など看護師業務以外を対応しています。」(柴田氏)会社運営に必要な資金繰り、採用、営業など、幅広い業務を対応していると話す。そこにどんな意図があるのか質問した。「訪問看護ステーションの運営って本当にたくさんやることがあって、看護師さんが社長業務をやると、本当に手が回らないし、それがステーション運営が大変といわれる理由の一つなのかなと考えています。看護師さんには看護の仕事に集中してもらいたいと思っているので、看護師さん以外ができることを出来る限り自分が対応しています。」(柴田氏)看護師が看護の仕事に集中できるように、他の仕事は柴田氏が対応するようにしていると話す。柴田氏は、事務周りの管理以外にも、多忙な看護師のドライバーとして現場に送迎したり、契約の補佐、また隙間時間にはポスティング、地域交流の場としてのコミュニティサロンの運営など、ステーションのためにたくさんの業務をこなす。多くのご利用者様に感謝していただけているからこそ「自分たちのやっていることは正しい」と胸を張れる訪問看護ステーションにおける、看護業務以外を幅広くこなすことは決して楽なことではない。最初はビジネスとして訪問看護ステーションを始めたと話す柴田氏に、現在のステーション運営のやりがいを伺った。「自分たちが提供しているサービスが、絶対的に社会に必要とされていて、自分たちのやっていることが正しいと確信し、堂々と胸を張って言えることですね。例えば外回りで営業活動をしている時にも、看護師の日頃の頑張りと貢献のおかげで、自分の営業は確実に、社会のために正しいものを提供させていただいていると確信を持てています。教育業界で働いていた頃は、成果主義の中でノルマがあり、目の前の生徒にはたして本当に必要なものなのかと疑念すら感じながら、それでも教材や講習を『成績アップ』『志望校合格』と言いながら、保護者に勧めなければならない場面は山ほどありました。」(柴田氏)訪問看護ステーションを運営する前に勤めていた教育業界では、疑問を感じながらもモノを売らなければならない場面が度々あったと話す。「一方、現在は、うちの看護師さんたちが一生懸命訪問看護に取り組んでくれて、多くのご利用者様に感謝していただけていることが、とても誇らしい思いです。また、地域のドクターやケアマネジャーさんから、『ぜひは~とふるさんに』とお仕事の依頼をいただける時など、自分たちがこれまでしてきたことは決して間違いではないと確信できる瞬間です。」(柴田氏)は~とふるに勤める看護師の方々が適切な看護を提供しており、それがご利用者様だけでなく、関係者からも評価してもらえていることが、柴田氏の大きなやりがいとなっている。ご利用者様とそのご家族に教えてもらったこと多忙な毎日を過ごす柴田氏に、ステーション運営の中で思い出に残っているエピソードを伺うと、職員の成長の瞬間について話をしてくれた。「以前、うちの若い看護師さんが、とあるお看取りの案件に携わらせていただいた時の話です。その看取りの案件が、担当した看護師自身の過去の身の上にとても類似したシチュエーションだったんです。ケアに通わせていただく度に、自分の過去のことが頭を過ぎり、プロとして毅然と頑張っていたものの、心中思うことはさぞ山ほどあったかと思います。しかし、事業所の管理者や医師も、意図的に彼女にやり切らせる機会を与えてくれました。彼女は懸命に頑張って、その利用者様が最期の息を引き取るまで懸命に寄り添ってくれました。」(柴田氏)ご利用者様の介護状況が、看護師自身の個人的経験と重なることは時としてあること。家族と近い境遇を持つ看護師に、先輩達は辛いことを承知で、あえて看取りの重責を任せた。「自分の境遇と重なり、たじろぐ部分もあって、全然スムーズにできなかったとのことですが、涙をこらえながら看取りまで終えると、その後の彼女の看護師としての仕事への関わり方がガラっと変わり、今となっては管理者を支えるエースとして成長してくれました。彼女が大きく成長した瞬間はステーションにとって大きな転換点でしたし、そのご利用者様やご家族様には本当に色々教えていただいたと思っています。」(柴田氏)ホームページは信頼感を持ってもらうため、ポスティングは街のことを深く知るため多摩市内で多くの人から親しんでいただいてきたは~とふる多摩センター。ステーション運営に欠かせない採用活動についても柴田氏に質問してみた。「採用活動は本当に色々なことをやりました。SNSはもちろん、人材紹介会社の利用や、ポスティングなど様々ですね。個人的に良かったのは、ホームページの制作と、ポスティングですね。」(柴田氏)ホームページとポスティングが良いと話す柴田氏に、その背景を続けて質問した。「ホームページは求職者の方に選んでもらうと考えたときに、とても重要になると思います。ホームページに記されている想いに共感いただき、応募されてきた方も多くいらっしゃいます。訪問看護ステーションにはホームページを持たない事業所も多いので、それだけでも差別化になっているのかなと思います。ポスティングは、結構大変なのであまり強くおすすめできないのですが、高齢者が多い地域において紙媒体の影響力は侮れません。たとえ応募に繋がらなくても、『近所に訪問看護の事業所があるらしい』と知っていただくだけで、知名度を上げることにもつながります。あとは、ポスティングをして街をめぐっていると、その街の特性を知ることができ、その知識が地域で骨を埋めて仕事をしていく上で大変役に立ちます。採用活動については、ポスティングやホームページを通じて、信頼感をもっていただき、選んでいただいているのかなと思います。」(柴田氏)これからは全国から看護師を募集したい今後採用活動で注力していきたいことを伺った際に、全国から看護師を集めたいと話してくれた。「多摩市は、高齢化速度が国内屈指です。この地域で訪問看護に従事するということ自体が、まずはとても勉強になると思います。だからこそ、心機一転訪問看護に挑戦したい、学びながら頑張りたいという方であれば、たとえ他県にお住いの方々でも歓迎です。むしろ全国から募集していきたいと考えています。そのために、転居費用の支援や私用も可能な訪問車の貸与など、充実したサポート体制を整えています。」(柴田氏)実際に、現在の管理者と主任は違う県から、はーとふるに入職したと話している。学びの機会が数多ある東京、その中でも高齢化著しい多摩市内で、訪問看護ステーションに従事できるというのは、看護師として貴重な経験を積めるに違いない。また、はーとふる多摩センターの職員の方々は、とても明るく、少し話しただけでも良い雰囲気のステーションだと強く感じた。環境の良いステーションで、地域の医療課題に真剣に向き合えるというのは、訪問看護に興味のある看護師にとってとても魅力的だと思われる。「地域に根差したあんしんケア」を通じて、多摩市の社会資源になる最後に、はーとふる多摩センターの今後について伺った。「この多摩という地域で、はーとふる多摩センターが目指していく方向性としては、地域の社会資源になることです。自分本位でステーション運営をするのではなく、訪問看護の利用有無に関わらず、近隣地域に住む方々がお困りの際には、相談に応じたり、必要に応じて行政や地域包括支援センターに適切に繋いだりして、地域のハブのような存在になれたらいいなと考えています。」(柴田氏)はーとふる多摩センターは訪問看護以外にも社会活動の一環として『大人の学校』という名のコミュニティサロンを運営しており、地域のニーズに応えて、「終活セミナー」や「健康ストレッチ」などを定期的に開催している。短期間での利益追求のみを求めるわけではなく、社会資源として様々な活動を行い、愚直に地域への貢献を目指す。そこには、地域への貢献を第一に考え、街づくりをする一員として、ステーションを運営していきたいという想いが強く感じられた。取材後記今回柴田氏へのインタビューを通じて、柴田氏の「看護師への感謝」を強く感じた。インタビューをしていると、言葉の端々に、ステーションで働く看護師への感謝が表れていた。話を聞いていた私が、ここまで強く柴田氏がもつ看護師への感謝の気持ちを感じたということは、私が感じる以上に心から感謝をしているのだと思う。だからこそ、はーとふる多摩センターは人間関係の軋轢がなく、ステーション一丸となって「地域に根差したあんしんケア」を目指せるのかもしれない。経営者が従業員を蔑ろにして、良い組織が作れるとは思えない。相互に感謝を忘れないからこそ、良い関係性が築かれ、良いサービスに繋がっているのだと感じた。人間関係に悩む組織は、色々なITツールを導入するより、まずは組織全体で一緒に働く仲間に対して、感謝や尊敬の念をもつこと、そんな基本的なことから始めるべきなのかもしれない。