慢性的な人手不足が課題である医療・介護業界において、安定的な採用、職員の定着は非常に重要なポイントです。せっかく採用した職員がすぐに辞めてしまっては人手不足の解消にも、職場環境の改善にもつながりません。むしろ採用コストや工数、手間がかかってしまい、事業所の負担が増えてしまいます。そこで、今回は職員の定着率向上に役立つオンボーディングについて解説していきます。1. 定着率の向上に役立つオンボーディングとはオンボーディングとは、簡単に言うと、新入社員や新しくチームに参加したメンバーが、自分の役割を理解し、組織の文化や働き方にスムーズに馴染むための一連のプロセスのことを指します。一連のプロセスの中には、新人が自分の仕事を効果的に行うために必要なスキルや知識を習得すること、会社のビジョンや目標を理解すること、チームや組織の中で良好な人間関係を築くことなどが含まれます。つまり、新しく入った看護師や介護士が、事業所に馴染み、独り立ちするまでの流れということになります。1-1. オンボーディングの意味(On-Boarding)オンボーディングという言葉は、航海や航空業界から由来しています。オンボーディングは、もともと航海や航空業界において、乗客や乗組員が船や飛行機に乗り込む(on-board)行為を指していました。これが転じて、企業が新たに採用した従業員を自社の「船」に乗せ、業務や組織文化に慣れさせるという意味合いで使われるようになったようです。1-2. 対義語:オフボーディング(Off-Boarding)との違いオンボーディングを学ぶ際にセットで知っておいてもらいたい「オフボーディング」という言葉があります。これは、「オンボーディング」の反対のプロセスを指す言葉です。オンボーディングが新入社員を組織に迎え入れ、組織の一員として成長させるためのプロセスであるのに対し、オフボーディングは退職する従業員が組織を離れる際に、必要な知識の引き継ぎや、出口インタビュー、組織からの適切な送別など、スムーズかつ効果的にその過程を進めるための一連の手続きやプロセスのことを指します。両者の大きな違いはその目的とタイミングにあります。オンボーディングは、組織に新しく参加した人たちをサポートし、彼らが組織の一部となり、その価値観や文化の理解、生産性向上を目的としたものです。一方、オフボーディングは、組織を離れる人たちがスムーズに移行、組織がその経験と知識を適切に引き継ぐことを目的としています。1-3. OJT・新入社員研修との違いここまでの文章から「オンボーディングってOJTや新入社員研修と何が違うの?」と思う方もいるかもしれません。では、聞き馴染みのある「OJT」や「新入社員研修」と何が違うのかについて考えてみましょう。OJT(On the Job Training)は、実際の業務の中で行われる訓練のことを指します。新入社員や異動してきた従業員が、実際に現場の業務を通じてスキルや知識を学んでいく形です。一方、新入社員研修は、業務を開始する前に行われるもので、会社のビジョンやルール、必要なスキルなどを学ぶためのプログラムとなっています。事業所の理念や、今後の目指す方向性、最低限必要なツールの使い方などを教えることとなります。オンボーディングとこれらの違いは何でしょうか?それは、オンボーディングは、従業員が自分自身を組織の一部と感じ、自分の役割を理解し、業務に取り組む能力を得るための全体的なプロセスであるところにあります。オンボーディングは、OJTや新入社員研修といった具体的なプログラムを含む可能性はありますが、それだけではありません。オンボーディングは、新入社員が組織の文化や価値観の理解、チームへの適応、自己成長と組織の目標達成に貢献できるようになるための、より包括的で戦略的な取り組みです。2. オンボーディングが重要な理由オンボーディングは、以下の3つの視点から重要性を考えることができます。①採用コスト的観点、②サービス品質的観点、③人間関係的観点です。それぞれ詳しく見ていきましょう。2-1. 採用コスト的観点新人がすぐに辞めてしまうことは企業にとって大きな損失になり、特に採用や研修にかかるコスト、そして人手不足による業績の低下など、新人の早期離職は予想以上に大きな損失を事業所に与えてしまいます。また、人材紹介や有料求人広告を使用して採用をした方が、早期に退職になると、採用コストの損失はかなり大きいものとなります。このようにオンボーディングをしっかりと行うことで、新入社員が安心して業務に取り組み、早期離職を防ぐことが期待できるのでオススメです。2-2. サービス品質的観点オンボーディングを通じて新入社員が事業所のビジョンや目標、そして業務内容を深く理解することで、自身の役割を明確に認識すること、組織の一員としての自覚を持つことにつながり、結果としてサービス品質の維持・向上に繋がります。2-3. 人間関係的観点新人が他のチームメンバーとスムーズにコミュニケーションを取り、良好な人間関係を築くことは、業務の効率化やチームの雰囲気作りに大きく関係します。特に、医療・介護業界では、人間関係面の悩みから退職を選ぶ人が多いのです。看護師・介護士に限らず上司との関係、同僚との関係は大切です。オンボーディングでは、新人が既存のチームメンバーとの関係を築くための手助けにもなるため、結果として働きやすい職場環境の構築に繋がります。3. オンボーディングのメリットとデメリット次にオンボーディングのメリット・デメリットについて解説していきます。3-1. メリットオンボーディングには、多くのメリットがあります。以下で詳しく見ていきましょう。早期離職の防止医療・介護業界ではスタッフの離職率が高いという大きな課題がありますが、オンボーディングが適切に行われることで、新入社員が早期に離職するリスクを大幅に減らすことが期待できます。特にこの業界では、新社会人や他業種からのジョブチェンジでの入職など、他職種に比べて新人として直面するストレスが大きいため、初期段階でのサポートが重要となります。採用コストの削減新たな人材を探し、育成していくコストは大きく、これは医療・介護業界も例外ではありません。早期離職を防ぐことは、これらの高額な採用コストを削減し、長期的に見て事業所のの採用コスト削減につながります。新メンバーの即戦力化の手助け医療・介護業界では、急な欠員やピーク時の対応など、新メンバーが入職後すぐに現場で活躍できることが求められる場面がとても多いです。適切なオンボーディングは、新入社員が自分の仕事を早期に理解し、貢献できるようになるための手助けをします。人材育成環境の標準化医療・介護業界では、スキルや知識のレベルが患者さんや利用者さんの安全に直結します。オンボーディングプロセスを標準化することで、全ての新入社員が同じ基準で育成され、安定した医療や介護サービスの提供が可能になります。従業員満足度の向上オンボーディングを行うことで、新入社員の事業所に対する愛着や誇りを感じる可能性が高まることが期待できます。これは、従業員のモチベーションとエンゲージメントを向上させるための重要な要素です。新入社員が自分の役割を理解し、サポートされていると感じることで、その結果として従業員満足度が上がります。これは生産性を向上させ、新入社員の離職を防ぐ役割を果たします。医療・介護業界では、新人看護師や介護士のお悩みとして、先輩社員のフォローが無いといった話を良く伺いますが、その中で、しっかりとしたオンボーディングを事業所全体で行えていれば、他事業所との差別化にもつながります。3-2. デメリットオンボーディングには多くのメリットがありますが、デメリットも存在します。以下にそのをいくつか挙げていきます。時間とリソースの負担がかかる医療・介護業界は時間とリソースが常に切迫しており、新たにオンボーディングプログラムを導入することは、その分、患者さんや利用者さんへの直接的なサービスから時間やリソースが割かれることを意味します。オンボーディングプログラムを設計し、それを維持するためには組織全体の協力とコミットメントが必要となります。特に急性期病院などバタバタした環境では、忙しい中で教育も行わなければならないので、オンボーディングプログラムをつくる旗振り役と、現場に浸透させる役を分けて、院内全体で協力して実施すると良いです。期待値のズレオンボーディングは新入社員にとって会社や業務の初期イメージを形成するための重要な要素です。しかし、特に医療・介護業界においては、実際の現場の厳しい現実とそれまでのイメージがズレてしまうことがあります。実際の業務がオンボーディングで説明されたものと異なる場合、新入社員はストレスを感じ、離職する可能性が高まってしまいます。そのため、良く見せすぎることには注意が必要です。組織の均質化オンボーディングプロセスが標準化され過ぎると、新入社員が自分らしさを出しにくくなる場合があります。医療・介護業界では個々のスキルや経験が重要であり、これらが患者さんや利用者さんのケアに大きな影響を及ぼします。全ての新入社員が同じプロセスを経ることで、組織の一様性が強化される一方、各々の独自性や多様性が損なわれる可能性があります。4. オンボーディング実施のプロセスでは、オンボーディングはどのような手順で行っていけばよいのでしょうか?以下、簡単な手順を追っていきます。4-1. 入職前のオンボーディング入職前のオンボーディングは、実際に業務を始める前に行います。主に、事業所のビジョンやミッションを伝えること、また同僚となる人や先輩との関係構築が重要です。例えば、入職前のオリエンテーションを開催し、社内のルールや職場の雰囲気などを紹介すると同時に、先輩相談会などで働く人の声を直接聞ける機会を設けると良いと思います。また、医療・介護業界では、患者さんや利用者さんとの対話方法など、業界特有の情報を事前に共有することも重要です。これらの情報は、新たな環境への適応を円滑にし、業務開始時の混乱を防ぐ助けとなります。4-2. 入社直後のオンボーディング入社直後のオンボーディングでは、実際に新入社員が業務に取り組み始める初期段階をサポートしていきます。具体的な業務手順や業界特有の対応方法を指導し、適切なサービスを提供できるように導くことが必要です。例えば、先輩社員や上司が一緒に現場に入り、実際の対応を見せます。また、医療・介護業界では、「実践を通じた学習」が重要ですので、新入社員に実際に業務を任せ、随時、フィードバックを行うことも大切です。4-3. 入社後に継続して実施するオンボーディング入社後もオンボーディングは継続します。新入社員が安定して業務に取り組めるようになるまで、そしてその後も、成長とスキルアップを継続的に支援します。例えば、定期的な面談や、自己成長のための研修プログラムなどを提供します。また、医療・介護業界では、新たな医療技術の習得や法令の変更に対応するため、常に最新の知識を身につけることが求められます。そのためにも、定期的な研修や勉強会、資格取得の支援といった継続的なオンボーディングが重要です。5. オンボーディング実施時のポイントオンボーディングは、ただ手順に沿って行っていけば良いというものではありません。実際にオンボーディングを行う際の重要なポイントについて紹介していきます。5-1. 透明性の確保入社前後のギャップを最小限にするために、採用プロセスでの透明性が求められます。職場環境や業務内容、期待されるパフォーマンスなど、メリットだけでなく挑戦も含めた全体像を伝えることが重要です。また、期待値のズレを防ぐために、現場社員と経営者、管理者間のオープンな対話が不可欠です。5-2. サポート体制の整備新入社員が孤立せず、組織に安心して溶け込むためには、充実したサポート体制が必要となります。メンター制度を導入し、業務や対人関係に対するアドバイスを行うことで、新入社員が職場環境に早く適応できるようにサポートしていきます。また、年齢の近い同僚だけでなく、上司や別部署の担当者なども交流の一環として関わるような体制を作ることでの幅広いコミュニティの形成が重要になります。5-3. 情報管理と共有定期的にミーティングを開催し、新入社員の状態やオンボーディングの進捗を把握します。また、キャッチアップに必要な情報を一元化し、新入社員からの情報を迅速に得られる状況を作り出す必要があります。5-4. オンボーディングの具体的手段オンボーディングチェックリストを作成し、必要な手順を漏れなく進められるようにします。大きな目標だけでなく、目標を細分化して伝え、新入社員が少しずつ成功体験を積むことで、モチベーションを保つことが可能です。5-5. 目標設定と進行管理新入社員のオンボーディングに向けて事前準備を徹底します。オンボーディングが上手く進んでいるかを確認し、状況に応じて計画の変更や調整を行います。医療・介護業界においては定期目標を数値化することは難しいため、具体的な業務内容や習得スキルを細分化し、達成項目として進捗管理していくことが必要になると考えられます。5-6. 教育体制とオンボーディング意識の浸透教育体制を整備し、新人が何も知らない状態で現場に送り込まれるリスクを減らします。さらに、オンボーディングへの意識を全社的に浸透させることで、一人ひとりが新入社員の成長に寄与する文化を育てます。6. オンボーディングの取り組み例オンボーディングという概念は、医療・介護業界よりも他業界の方が圧倒的に進んでいる部分もあり、各社も積極的に社外へ情報を公開しています。そのため、医療・介護業界の組織がオンボーディングを導入する場合に参考となる他業界の事例を2つ紹介します。6-1. ①株式会社ゆめみ|オンボーディングシート株式会社ゆめみさんは、インターネットを主とした開発・制作・コンサルティングの内製化支援や、オムニチャネルを中心としたデジタルマーケティング支援などを展開する会社です。そんなゆめみ社が公開しているのが、ゆめみオープン・ハンドブックです。ゆめみオープンハンドブックについては、以下のような説明が記載されています。ゆめみ社内の規則やガイドラインなどをまとめた情報ポータルです。このコンテンツは業界の発展に貢献・寄与するために、ゆめみの徹底的な透明性の考え方をもとに一般公開しており二次利用可能です。また、採用候補者向けに社内の実態を知ってもらうねらいもあります。引用:ゆめみオープン・ハンドブックそのなかで、今回ご紹介したいと思ったのは、新入社員のオンボーディングのために用意されている「オンボーディングシート」です。オンボーディングシートについては、以下のような説明が記載されています。ゆめみにようこそ。今日からゆめみの「メンバー」です。ゆめみのプリンシプル(基本原則):自律・自学・自責やゆめみの当たり前などのゲームブックを理解した上で、ゆめみというゲームを楽しくプレイするために、今日から3ヶ月間のオンボーディング期間に取り組むことが推奨されるタスクがあります。引用:ゆめみオープン・ハンドブック内夢見太郎のオンボーディングシート(ver1.4)シートの内容は、ゲーミフィケーション(ゲームの要素やデザインを取り入れることで、参加者やユーザーのモチベーションやエンゲージメントを高める手法)を取り入れた10ステップ合計106からなるタスクに分かれており、新入社員自身とサポートする既存社員が、オンボーディングのプロセスをどの程度進められているか、どのステップにいるかを管理・共有しやすいものとなっています。これは、各組織で必要な部分が異なると思いますが、このゆめみ社のオンボーディングシートを真似て、自社独自のオンボーディングシートを制作してみるのも効果的かもしれません。夢見太郎のオンボーディングシート(ver1.4) →6-2. ②オープンワーク株式会社|リモートワーク時代のオンボーディングこちらは、就職・転職クチコミサイトを運営するオープンワーク株式会社のご担当者が公開されているもので、コロナ禍が始まり、社会全体が一気にリモートワークに移行した直後の2020年7月頃に公開されたスライド資料です。このスライド資料の作者の方は、オンボーディングをする側ではなく、オンボーディングされた側、要するに新入社員の方です。そのため、自身がリモートワークのなかでオンボーディングを受けた新入社員として、どのような苦労などがあったのか、そこからどのようなオンボーディングがリモートワーク時代に合っていると考えられるかが書かれています。このスライド資料の作者の方の職種は、エンジニアだったようですが、ある種専門性の高い職種であるという点で、看護師や介護士と似ている部分も多いかと思います。そのため、病院や訪問看護・介護ステーションを運営される組織でも、オンボーディングを導入されるにあたり、オンボーディングを受ける側の目線として、参考になる部分が多々あるかと思います。OpenWorkが考えるリモートワーク時代のオンボーディング →7. オンボーディングの期間はどれくらいと想定するべきかオンボーディングの期間は組織や業界、役職、そしてその目的により変わるため、一概には言えません。ただ、一般的には新入社員が組織の一員として自信を持って業務を遂行できるようになるまでの期間を指します。従って、その期間は数週間から数ヶ月、場合によっては一年程度という意見もあります。例えば、新社会人やジョブチェンジをした人、または特定の専門職などでは、一年間のオンボーディング期間を設けることも少なくありません。しかし、オンボーディングは新入社員が安定して業務をこなすまでのプロセスだけでなく、その後も継続的な学習と成長を支援するものと考えることも重要です。オンボーディングは新入社員が職場で成功を収め、その組織に長期間貢献するための土台を築く期間とも言えます。したがって、医療・介護業界においても、オンボーディングは定着率向上のための重要な投資と考え、その期間を適切に設定することが重要です。8. まとめ今回は、定着率の向上に役立つオンボーディングについて解説しました。定着率の向上以外にも多くのメリットがあることご理解いただけたと思います。医療・介護業界では、慢性的な人手不足という大きな課題がありますが、そのなかで離職率の高さにフォーカスした話題が挙げられることも多くあります。離職率を下げる=定着率を上げるためにも、ぜひオンボーディングという概念・取り組みを取り入れて、良い組織を作っていきましょう。