はじめに医療・介護業界のみならず組織は、人材不足や職場環境の改善など、さまざまな課題に直面しています。これらの課題に向き合い、組織を成功に導くために、様々なフレームワークや理論がでており、これらを活用することで、組織改善のヒントを見つけやすくなります。この記事では、成功の循環モデル、ハーズバーグの二要因理論、ブルームの期待理論、SECIモデルを紹介し、医療・介護業界における組織経営の具体的な方法を説明します。組織課題解決のヒントとなるフレームワーク・理論組織とは、共通の目標を達成するために、人々やリソースが計画的かつ系統的に構成された集団や仕組みのことです。組織は、明確な役割分担や規則、コミュニケーションの仕組みを持っており、協力と調整を通じて効率的に目標を達成しようとします。これを上手くマネジメントするためには様々な方法があります。以下組織として成果を出すために参考となる4つの理論、フレームワークを紹介していきます。1.成功の循環モデル1-1.成功の循環モデルとはダニエル・キム氏が提唱する「成功の循環」モデルは、組織の状態を関係の質、思考の質、行動の質、結果の質の4つに分け、それぞれの質をレベルごとに段階分けしました。⒈関係の質(Quality of Relationships)定義:他人との信頼関係や協力関係の深さや強さ。重要性: 関係の質が高いと、コミュニケーションもスムーズにとることができ、チームワークが向上します。⒉思考の質(Quality of Thinking)定義:前向きで創造的な考え方や、問題を解決する力の強さ・質。重要性: 思考の質が高いと、困難に直面しても柔軟に対応でき、それぞれのメンバーが主体性をもって考えることができるようになります。⒊行動の質(Quality of Actions)定義: 主体性や自発性、責任感、目標に向かって計画的に取り組む力の強さ・レベル。重要性:行動の質が高いと、常に高い意識を持って組織が行動でき、効率よく目標に進むことができます。⒋結果の質(Quality of Results)定義:組織が生み出す成果、価値貢献の質や総量。重要性:結果の質が高いと、組織がより多くの質の高い成果を生み出すことができ、目標への達成がスムーズになります。その結果、組織全体の一体感がより強くなります。このように、「成功の循環」モデルは、関係の質、思考の質、行動の質、そして結果の質を大切にしています。このフレームワークは、成果や結果を上げ続ける組織をつくりあげるために、とても便利なものなので、ぜひ参考にしてみてください。ただ注意事項が2点あります。1.結果の質から高めようとしない結果の質から求めると、関係の質という土台が出来上がっていないため、悪循環に陥ってしまいます。あくまでも関係の質から着手し、関係の質が思考の質の向上につながり、行動の質、結果の質の向上につながっていく、という流れのため、順番を間違えないようにしましょう。2.関係の質を高めようとして仲が良いだけの組織にならないようにする組織は共通の目標を達成するための集団なので、関係の質を高めることが目的ではありません。共通の目標を達成するための手段だということを忘れずに、成功の循環モデルを参考にすることをおすすめします。関係の質が向上したから、共通の目標が達成されるわけでなく、関係の質を向上させつつも、目標達成という一番の目的をブラさずに、関係の質と同様に結果の質にもこだわる組織を目指す必要があります。1-2.医療・介護業界への応用関係の質の向上:1. 定期的なスタッフミーティング: スタッフ間の情報共有と相互理解を促進するための定期的なミーティングを行う。 思考の質の向上:1. 継続教育プログラム: 医療・介護スタッフ向けの研修やセミナーを定期的に実施し、最新の知識と技術を習得する機会を提供する。2. 問題解決ワークショップ: スタッフが現場で直面する問題を議論し、解決策を模索するためのワークショップを開催する。行動の質の向上:1. 明確な責任と役割の定義: 各スタッフの役割と責任を明確にし、自律的な行動が促されるようにする。2. 緊急対応訓練: 緊急時に迅速かつ適切に対応できるよう、定期的なシミュレーショントレーニングを実施する。結果の質の向上:1. 患者満足度調査: 定期的に患者やその家族からのフィードバックを収集し、サービスの質を向上させる。2. 最適な方法の共有: 効果的なケア方法や成功事例を共有し、施設全体での最も効果的な方法を確立する。2.ハーズバーグの二要因理論2-1.ハーズバーグの二要因理論とはハーズバーグの二要因理論は、心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱したものです。この理論では、仕事に対する満足や不満を考える際、「動機づけ要因」と「衛生要因」という2つの重要な要素があるとされています。組織の離職率を低下させるために何から取り組むべきか検討する際や、組織の強み・弱みを項目分けして考える際に役立ちます。1.動機づけ要因定義: 仕事そのものに関わる要素であり、仕事をやりがいのあるものにする要因です。具体例: 仕事へのやりがいや成長の機会、達成感や周囲からの賞賛などがこれに当たります。これらが強化されると、従業員のモチベーションが高まります。2.衛生要因定義: 仕事環境そのものに関連する要素であり、給与や労働条件、組織のポリシーや人間関係などが含まれます。具体例: これらが不十分だと、従業員は不満を感じる可能性が高まりますが、これらが改善されても、モチベーションは必ずしも向上しないとされています。ハーズバーグの二要因理論によれば、「衛生要因」と「動機づけ要因」は、いずれも従業員の満足度やモチベーションにとって重要です。「衛生要因」は不満の原因となる要素であり、これらが改善されないと離職のリスクが高まります。しかし、衛生要因が整っているだけではモチベーションの向上には直結しないこともあります。一方、「動機づけ要因」を強化することで従業員のモチベーションと生産性を高めることができますが、衛生要因が満たされていなければ、その効果は十分に発揮されない可能性があります。そのため、仕事の満足度やモチベーションを高めるには、どちらか一方に偏らず、両方の要因にバランスよく配慮することが重要です。2-2.医療・介護業界への応用医療・介護業界でハーズバーグの二要因理論を活用するのであれば、以下のような施策が考えられます。1.動機付け要因の強化例成果認識と達成感の提供定期的な評価制度を導入し、従業員の努力や成果を評価しつつ、表彰制度を設け、優れた業績を上げた従業員を表彰することで、承認された実感を持ってもらいます。責任感と昇進の機会チームリーダーやプロジェクトリーダーとしての役割などを与えることで自主性を尊重します。また、キャリアパスを明確にし、定期的な昇進試験や評価面談を実施します。自己成長の機会継続的な教育・研修プログラムを提供し、スキルアップの機会を作ります。加えて、外部セミナーや研修への参加を奨励し、自己成長を促進します。2.衛生要因の改善例給与と福利厚生の充実市場の水準と比較して適正な給与を提供し、定期的な昇給を実施します。また、従業員の健康管理やメンタルヘルスケアなど、福利厚生制度を充実させます。職場環境の改善物理的な職場環境を改善し、労働環境を整えます。例えば、休憩室の設置や設備の充実を図ります。人間関係の改善定期的なコミュニケーションの場を設け、上司と部下、同僚同士の関係を良好に保ちます。また、信頼関係を築くため、例えば、研修旅行や親睦会を開催し、スタッフ同士の関係構築が図れる場を設けます。職務の安定正社員登用の機会を増やすことで雇用の安定を確保し、従業員に安心感を提供します。職務内容の明確化と合理化を図り、従業員が安心して働ける環境を整えるのもおすすめです。3.ブルームの期待理論 3-1.ブルームの期待理論とはブルームの期待理論は、心理学者ヴィクター・H・ブルームが提唱したもので、個人の動機付けを理解するための重要な枠組みです。この理論によれば、個人がある行動を取る際の動機付けは、その行動が望ましい結果をもたらすという期待に基づいています。つまり、大きな満足が得られるという確信があると、努力の量が増し、その結果として得られる満足がさらなる努力の動機となるのです。ブルームの期待理論は、以下の3つの要素から成り立っています。1.期待(Expectancy)定義: 特定の行動が成功する可能性に対する個人の信念です。簡単に言えば、「自分が頑張れば結果が出るだろう」という予測のことです。具体例: 看護師が新しい医療技術を習得することによって、患者の健康状態を改善できると信じている場合、その看護師はその技術を学ぶための努力を惜しみません。期待が高いほど、行動に対する意欲も高まります。2.道具性(Instrumentality)定義: 特定の行動が報酬や評価などの結果にどれだけ直結するかという信念です。言い換えれば、「行動が報酬にどれだけつながるか」という関連性です。具体例: 看護師が新しいケア技術を学んだ結果、その技術が評価され、昇進やボーナスに結びつくと信じている場合、その看護師の行動に対する動機付けは強くなります。道具性が高いほど、行動が報われる可能性が高いと感じられます。3.価値(Valence)定義: 個人が報酬や結果に対して感じる魅力度や重要性のことです。端的に言えば、「報酬がどれだけ自分にとって魅力的か」ということです。具体例: 看護師が新しいケア技術を学ぶことで、キャリアアップや高い評価が得られることに大きな価値を見いだしている場合、その行動に対する動機付けは非常に高くなります。価値が高いほど、行動への意欲も高まります。3-2.医療・介護業界への応用ブルームの期待理論は、看護や介護現場でスタッフのモチベーションを高めるために非常に有用です。以下の3つの要素に基づいて、具体的な応用方法を解説します。 1. 期待(Expectancy)適切な研修の提供: 現場で実際に役立つ研修プログラムを計画し、その内容がどのように日常業務を改善するかを具体的に示します。例えば、「この新しいケア技術を学ぶと、患者さんがもっと快適になります」と伝えるなどがあります。成功体験の共有: 研修を受けた同僚の成功体験を共有し、「自分もできる」と感じさせることで期待値を高めます。2. 道具性(Instrumentality)評価と報酬の明確化: 技術の習得や業務の成果がどのように評価されるかを明確にします。例えば、「この研修を修了し、新しいスキルを身につけた人には特別手当を支給します」といった具体的な報酬制度を導入します。キャリアアップ機会の提供: 新しいスキルや知識を取得することで得られるキャリアアップの道筋を明示します。例えば、「この技術を習得すると、リーダーシップの役割を担う機会が増えます」と示します。3. 価値(Valence)やりがいの見える化: スタッフが感じるやりがいを高めるために、定期的に感謝の手紙を贈ったり、患者さんやその家族からの感謝の声を共有する場を設けます。スタッフの意見を尊重: 仕事のやりがいや満足感を高めるために、スタッフの考えや意見を積極的に取り入れる仕組みを作ります。例えば、業務改善提案を募集し、それが実際に採用されることで「自分の意見が尊重されている」と感じてもらえます。4.SECIモデル4-1.SECIモデルとはSECIモデルは、日本の経営学者野中郁次郎氏によって提唱されたもので、人が持つ知識や経験などの暗黙知を形式知に変換し、その知識を組織全体で共有・管理するフレームワークのことです。この過程を、以下の4つのプロセスに分けて説明しています。1. Socialization(社会化)社会化は、暗黙知が他の人と共有されるプロセスです。例えば、ベテラン看護師が新人看護師に対して、直接的な体験や観察を通じて知識を伝える場面がこれに該当します。実際の業務においては、以下のような具体的な方法で行われます。オンザジョブトレーニング(OJT): 新人がベテラン看護師の指導やサポートを受けながらスキルを磨いていきます。シャドーイング: 新人看護師がベテラン看護師に同行しその業務や活動を間近で見学し、実際の現場での臨床スキルや業務の流れを学べます。2. Externalization(外化)外化は、個人の暗黙知を形式知に変換するプロセスです。このプロセスでは、言語や図解を使って、経験やスキルを他者と共有できる形に変換します。具体的な方法としては以下のようなものがあります。マニュアルや手順書の作成: ベテラン看護師が、自身の経験に基づいたケアの手順書を作成する。ケーススタディの作成: 特定の患者対応のケースを文書化し、スタッフ全員で共有する。3. Combination(結合)結合は、形式知を集めて新しい知識を生成するプロセスです。このプロセスでは、異なる部署や個人が持つ形式知を統合し、新たな知識や解決策を生み出します。具体的な方法としては以下のようなものがあります。情報共有ミーティング: 看護部門と介護部門が定期的に会議を開き、効率的な業務オペレーションなどを共有する。4. Internalization(内化)内化は、形式知を再び暗黙知に変換し、個人の実践に取り入れるプロセスです。このプロセスでは、研修や教育プログラムを通じて得た形式知を日常の業務に活かします。具体的な方法としては以下のようなものがあります。定期的な研修プログラム: 新しい技術や知識を学ぶための研修を実施し、その内容を実際のケアに適用する。フィードバックセッション: ケアの実践後にフィードバックを行い、学んだことを振り返り、次の業務に活かす。4-2.医療・介護業界への応用SECIモデルは、看護・介護業界での知識共有と創造に役立ちます。具体的には、以下のような応用が考えられます。1. 社会化の強化新人看護師がベテランから直接指導を受けることで、経験豊富なスタッフの暗黙知を学ぶ機会が増えます。これにより、新人は短期間で現場に適応しやすくなります。しかし、実際忙しい状況では社会化の強化は難しいので、機会を設けるためにまずは業務負担の軽減を行うことが先決になるかもしれません。2. 外化の促進ベテラン看護師や介護士が持つ暗黙知を文書化し、手順書やマニュアルとして共有することで、知識の標準化が図れます。これにより、全スタッフが一定の品質でケアを提供できるようになります。実施する際には、マニュアル化を担当する人材を指定し、少しずつ進めることが重要です。役割が決まらないと、マニュアル化よりも他の業務や帰宅が優先される傾向があります。3. 結合の実践異なる専門分野の知識を結集して、より包括的で効果的なケアプランを作成します。例えば、看護師と介護士が共同で患者のケアプランを策定し、異なる視点からのアプローチを統合することが可能です。しかし、実際には、業務の忙しさから打ち合わせの時間を確保することに困難が生じます。こうした課題を克服するためには、効果的なコミュニケーション方法の確立と十分な時間の確保が求められます。4. 内化の徹底研修や教育プログラムで学んだ知識を実際の業務に適用することで、個々の看護師や介護士が自身のスキルを向上させます。また、フィードバックを通じて学びを振り返り、次の実践に活かすことが重要です。ただし、実際の現場では日々の業務に追われ、学んだ知識やスキルの適用が難しい場面もあります。このような現実的な課題に対処するためには、継続的な支援や時間の確保が必要です。効果的な組織運営と個人の成長を促進する方法離職率を下げるなら離職率を低下させるには、ハーズバーグの二要因理論を参考にしましょう。離職率低下の減員が衛生要因なのか、動機づけ要因なのか、またその中でもどれから改善を図るのが良いのか考えるのに役立つでしょう。組織として高い成果を出すならダニエル・キムの成功の循環モデルを取り入れてみましょう。まずは、社内の人間関係を良くすることがスタートです。信頼関係と協力の質を高めると、業務プロセスが円滑になり、組織全体の成果も上がります。結果として、組織全体の成功へとつながります。個人のモチベーションを上げるなら個々のモチベーションを高めるためには、ブルームの期待理論が役に立ちます。この理論では、各個人の希望や期待をしっかりと把握することが重要です。そのために、適切なコミュニケーションを取り、期待に沿った成果が得られるようサポートします。これにより、個々のやる気が上昇し、努力も増します。学習できる組織を目指すなら組織全体が常に学び成長するためには、SECIモデルを活用することが有効です。このモデルによって、暗黙の知識と明文化された知識を整理、共有するサイクルを作り出します。このプロセスにより、組織内部の知識が体系的に管理され、全員が持続的に学習し続ける文化を育むことができます。おすすめ書籍ここでは、これまで説明した理論の考え方を詳しく解説している書籍を紹介します。具体的には以下の通りです。成功の循環モデルのおすすめ書籍学習する組織 ― システム思考で未来を創造する著者: ピーター・M・センゲあらすじ: 学習する組織の構築に関する基本的なガイドで、「成功の循環」モデルを含む組織学習のための多くのツールと手法が紹介されています。出版社: 英治出版ハーズバーグの二要因理論のおすすめ書籍動機づけと衛生要因著者: フレデリック・ハーズバーグあらすじ: ハーズバーグ自身が彼の二要因理論を詳細に解説し、仕事の満足度と不満足度に影響を与える要因を具体的な事例と共に説明しています。出版社: 白桃書房モチベーション3.0著者: ダニエル・ピンクあらすじ: 現代の動機づけ理論を解説し、ハーズバーグの理論との関連性を考察しています。出版社: 講談社ブルームの期待理論のおすすめ書籍仕事とモチベーション著者: ヴィクター・H・ブルームあらすじ: 期待理論の基本概念とその応用方法を詳細に解説し、動機づけに影響を与える要因について論じています。出版社: ダイヤモンド社組織行動論著者: スティーブン・P・ロビンス、ティモシー・A・ジュッジあらすじ: 組織行動に関するさまざまな理論を網羅し、ブルームの期待理論も含まれています。出版社: ピアソン・エデュケーションSECIモデルのおすすめ書籍知識創造企業著者: 野中郁次郎、竹内弘高あらすじ: SECIモデルを提唱した野中郁次郎と竹内弘高による代表作で、日本企業が知識を創造し、イノベーションを実現するプロセスを解説しています。出版社: 東洋経済新報社ナレッジ・マネジメント著者: 野中郁次郎、勝見明あらすじ: 知識創造プロセスについてさらに深堀りし、個人や組織がどのようにして暗黙知を明示知に転換し、新しい知識を創造できるかを解説しています。出版社: 東洋経済新報社まとめ医療・介護事業において、成功の循環モデル、ハーズバーグの二要因理論、ブルームの期待理論、SECIモデルといった理論を参考にすることは、組織全体の業績向上に役立ちます。ただし、これらの理論だけで完璧な組織経営が実現するわけではありません。成功の循環モデルは、組織内の人間関係や質の高いアイデア、行動が成果に繋がるという考え方を提供しますが、実践には創意工夫が必要です。良好な人間関係や積極的な行動は重要ですが、補完的な要素も欠かせません。ハーズバーグの二要因理論は、スタッフの満足度を高めるための環境や条件の改善を示しています。たとえば、働きやすい環境や適切な報酬制度があればやる気が向上しますが、個々のスタッフのニーズや期待にも注意を払う必要があります。ブルームの期待理論は、個々の努力が成果や報酬に結びつくという考え方で、スタッフの意欲を引き出す助けになります。ただし、そのための明確な目標設定や成果評価が欠かせません。SECIモデルは知識共有や新たなアイデアの生み出しを助ける枠組みを提供しますが、実際に知識を活用するためには、適切な技術やツールの導入、文化の醸成が必要です。これらの理論はあくまでも一つの参考として捉え、他の要素や実践的な取り組みも組み合わせることで、より効果的な組織経営に繋がります。